はじめに
データ分析の世界は常に変化しています。分析者の多くがデータサイエンティストを見据えていた、かつての潮流に変化が起きています。今静かに注目されているものがディシジョンサイエンティストです。英国のデータサイエンティストであるマット・チャップマン氏によれば、世界的に著名なデータサイエンティストたちの役割がディシジョンサイエンスへ移行しています(参考記事)。
なぜ、今このような変化が起こっているのでしょうか?
本稿では、アナリティクスの進化、データの価値、分析者と意思決定者の関係性に焦点を当て、現在進行中の変化が企業にどのようなメリットをもたらし、分析者のキャリアにどんな影響を与えるのかを探求します。
アナリティクスの進化
目にみえる進化
アナリティクスは絶えず進化を遂げてきました。2010年代前半のデータサイエンスとビッグデータの波は、大量の観察データから洞察を得るための技術を広く普及させました。分析者は膨大なデータを処理し、その中から有意義なパターンを読み解くスキルを磨きました。しかし、観察データというデータ特性上の限界もあり、単に大きなデータを扱うだけでは、成果を伴うような知識の獲得には直結しないことを認識するようになりました。
2010年代半ばからのAI・機械学習の発展は、分析の世界にも変革をもたらしました。ここで重要な点は、これらの技術が単に処理速度や効率性を高めたことではなく、データの解釈やその活用方法に新たな次元を加えたことです。大きなデータは食欲旺盛なAIの訓練データとして、私たちの予測・生成タスクを代替・サポートするようになりました。
静かな進化
ここで無視できない一つの流れが生まれます。スモールデータへの注目です。華やかなAIニュースに隠れがちですが、この流れは静かなトレンドを形成しています。ビッグデータがAI技術と相まって、その量を価値を昇華させた一方で、スモールデータは政治学や社会学などの世界で磨かれた定性分析手法と組み合わさることで輝きを放つようになりました。スモールデータはビッグデータでは見落とされがちな深い洞察を、私たちに提供してくれる可能性を秘めています。
進化への適応
ディシジョンサイエンティストは、この新しい分析の時代の重要な役割の担い手として注目されています。AIの進化に伴い、データから意味ある情報を引き出せる組織が増えるに連れ、それをビジネスの判断に結びつける能力が、分析者にとってますます重要になっています。この役割の進化は、データ分析領域に新たな挑戦と機会をもたらします。データの量ではなく、その質と解釈の深さが、ビジネスにおける真の価値を生み出す鍵となるからです。
データ価値の再定義
より少量のデータから意思決定に資する洞察が引き出せるようになれば、それだけデータの価値が高まります。データ規模ではなく、意思決定との関連性でデータ価値が認識されるようになることで、データリッチ企業以外においても、アナリティクスの重要性が再認識されるでしょう。
こうしたデータ価値の再定義とともに、分析者に求められる分析手法にも変化が生じています。大量のデータから相関関係を見出すのではなく、より小規模なデータから因果関係に迫ろうとする定性分析手法の活用が活発化しつつあります。
分析者と意思決定者の新たな関係性
ディシジョンサイエンスの目標は、意思決定者との対話を通じ、彼らの最終的な判断をより納得感のあるものにすることです。この実現のため、分析者は意思決定者の認識・理解・価値判断といった認知過程への理解が求められるようになります。合理的で科学的に厳密なだけではなく、認知的共感力を駆使することで、分析者は単なる情報提供者から協議的関係な意思決定関与者へと進化します。
意思決定者–分析者の関係性モデル
データ分析者の役割を俯瞰する当たって、米国の医療政策の専門家エマニュエル博士が提唱した「患者と医師の関係モデル」が役立つでしょう。以下に、これらの関係モデルを紹介します。
患者と医師の関係モデルとは?
🔸パターナリスティック・モデル:伝統的な医療では、医師が最適な治療法を決め、患者に選択的に情報を与え同意を得ます。ビジネスにおいては、分析者が唯一の選択肢を提示し意思決定者がそれに従う本形式は、まず見られないでしょう。
🔸情報提供モデル:ここでの医師の責任は、診断や治療選択肢に関する全情報を患者に提供することです。十分な情報を得た患者は、自身の価値観や状況に照らし最適な治療法を選択できると考えます。分析者が様々な行動案を示し、意思決定者が批判的に判断していく形式はビジネスにおいてもよく見られます。
🔸解釈モデル:医師は患者に情報を提供するだけでなく、その情報をどう解釈しどの選択肢が患者の価値観に合致しそうかの判断を助けます。意思決定者が納得感ある決定を下せるよう、分析者が分析結果の提示とその解釈を支援する形式は分析者の成長と共に見られるパターンです。
🔸協議モデル:医師は提供情報の解釈を支援するだけでなく、医師としての価値観も伝え、患者と共に最終判断に至るよう意思決定工程を進めます。この段階に至った分析者は医師同様、(自分の価値観ではなく)分析プロフェッショナルとしての価値観を相手に伝え、その影響を理解した上で意思決定工程を進めます。
情報提供モデルからの脱却
キャリアのスタート地点
多くの分析者のキャリアは、データの収集や解析、そして分析結果の提示に重点を置いた情報提供モデルから始まります。この関係性では、分析者は分析結果を科学的厳密性に配慮し提供します。意思決定者はその他情報も総合し最終的な判断を下します。しかし扱う問題が複雑になるにつれ、このモデルでは不十分になります。
解釈モデルへの移行
たとえば、ある企業が新興市場への投資縮小を検討している状況を想像してみましょう。分析者は、市場の成長率、競合他社の動向、消費者の傾向などの客観的な指標を提供します。
ところが、このような数値データを、意思決定者がどう認識・理解・判断するかは意思決定者の価値観に依存します。その市場に対する企業の長期的なコミットメントや地域社会への責任など、経営者の置かれた立場は異なるからです。創業社長の場合、特にこの傾向は強まるでしょう。
このような場合、分析者は数値データの提示に留まらず意思決定者の価値観を認識・理解し、どのデータに注目すべきかや、なぜそのデータに注目すべきと考えたかなど、分析結果の解釈の手助けを行う対話スキルが要求されるようになります。ここまで意識してできるようになると、分析者と意思決定者の関係性は解釈モデルに至ったと言えるでしょう。
協議モデルへの移行
分析結果の解釈を、単に意思決定者の価値ベースで進めるのではなく、(あなた個人ではなく)分析プロフェッショナルとしての推奨が求められるようになれば、その関係性は協議モデルに至ったと言えます。
このとき重要なのは、お互いに分かり合えないことを分かり合った上で、意思決定工程を進める対話スキルです。このような「分かり合えない点をわかり合う」という考え方は、Dissensusと呼ばれています。
✅ 協議モデルへの移行:この移行では、意思決定者の価値観だけではなく、分析者の専門家としての価値観の表明と、Dissensusを前提とした対話スキルが要求される。
協議モデルに至るには、意思決定者の心を紐解くための知識と、分析プロフェッショナルとしての推奨を公正に行う力が要求されます。
結論
現在、分析の世界では、分析結果をより良い意思決定に結び付けるディシジョン・サイエンティストの役割が注目されるようになっています。このトレンドは、単なる技術的な進化を超え、分析者がビジネスの核心的な意思決定プロセスに深く関与する重要性を示唆しています。これからの分析者は、データの量だけでなく、その質と解釈の深さを重視し、物事をより良い形で決める工程、すなわちディシジョン科学の力が問われるようになっていくでしょう。
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