探索マップ08:分析者と意思決定者の関係性構築

はじめに

探索マップシリーズの一般公開版をお届けします。探索マップとは、一見すると関連性の薄い概念同士の意外なつながりを可視化した思考の地図です。直感的な発想力と分析的思考を同時に育むツールとして設計されており、特にデータ分析や意思決定プロセスにおける新たな視点の獲得に効果を発揮します。

会員向けコンテンツでは各概念の詳細解説にリンクできる仕様となっていますが、この公開版では図そのものの持つ示唆性に焦点を当てています。シンプルながら深い洞察を促すこれらのマップに繰り返し触れることで、複雑なデータや現象に対する多角的な分析アプローチを発見できると考えています。

今回は、1992年に米国生命倫理学者Ezekiel Emanuel博士によって発表された『患者と医師の関係モデル』の考え方を、組織の意思決定の課題と関連づけたマップを紹介します

探索マップ

マップ解説

ビジネス意思決定における分析者と意思決定者の関係性は、組織の成功を左右する重要な要素の一つである。この関係性の改善を図る上で、医療現場で培われた患者-医療者の関係モデルは、新しい視点を提供してくれる。

例えば、分析者と意思決定者の関係において、「分析は精緻に結論は単純に」という相反する要求に直面することが多い。このような状況下では、両者の間に存在する権威勾配が、重要な情報の伝達を妨げる要因となりうる。さらに、この関係性におけるステレオタイプ的な思考や先入観は、認知バイアスを強化し、効果的なコミュニケーションを阻害する。

また集団での意思決定には、複数の特徴的な課題が存在する。集団浅慮は、メンバーが集団の調和を過度に重視することで、本来必要な批判的検討が行われない状態を指す。こうした集団力学は、さらにグループポーラリゼーションという別の問題を引き起こす。これは集団での議論を通じて、当初の判断がより極端な方向へ変化していく現象である。さらに、組織の部門間では内集団バイアスという固有の課題が生じる。このバイアスにより各部門は自部門の視点や判断基準を過度に重視し、他部門からの情報や視点を相対的に軽視する傾向が強まる。その結果、部門間での効果的な情報共有が阻害され、組織全体としての意思決定の質が低下する。

医療現場では、専門知識を持つ医療者と患者との間の効果的なコミュニケーションが、治療の成否を左右する。この文脈で発展した患者-医療者の関係モデル解釈モデル協議モデルは、組織的な課題に対する一つの解決策となる。これらのモデルは専門知識を持つ者と意思決定者が互いの視点を理解し、より良い結論に至るためのフレームワークを提供してくれる。

解釈モデルの適用は、二つの重要な課題に対するアプローチを可能とする。まず、異なる立場の視点や価値観を理解し共有する仕組みを構築することで、内集団バイアスの克服が期待できる。また専門家と意思決定者の間で互いの解釈や理解を共有する場を設けることで、権威勾配による一方的な影響を緩和することができる。一方、協議モデルの導入は、集団意思決定における本質的な課題への対応を可能にする。対等な立場での意見交換を促進することで集団浅慮を抑制し、さらに多様な視点の検討と合意形成のプロセスを重視することでグループポーラリゼーションの影響を軽減できる。

これらの知見を実践に移すには、自組織の現状分析から始め、組織文化や状況に応じて段階的な導入を図ることが望ましい。具体的には、小規模なプロジェクトチームでの試験的導入から始め、その効果検証を踏まえて部門間での展開を進めることが有効である。さらに定期的なレビューと改善を通じて、組織全体への展開を図ることができる。医療現場で培われたこれらのモデルは、組織の意思決定プロセス改善に向けた具体的な道筋を示してくれる。理論的理解を実践へと展開することで、より効果的な意思決定プロセスの確立が可能となるのである。

参考書籍

探索マップに登場する用語の一部については、拙著『データ分析に必須の知識・考え方 ― 認知バイアス入門』(ソシム出版)で解説しています。本書では、分析の全工程で発生するバイアスの背景や対処法を詳しく取り上げています。患者-医療者の関係モデルについては、『患者の意思決定にどう関わるか?―ロジックの統合と実践のための技法』(医学書院)などをご参照下さい。

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