沈黙の妨害者:意思決定バイアスの原因とその克服戦略

はじめに

古い眼鏡をかけて運転することは、私たちが無意思的に判断を下す状況に似ています。私たちの思考様式は、長い進化の歴史を経て形成されたもので、それが現代の情報とテクノロジーに溢れた意思決定環境に影響を及ぼしているからです。より賢い判断を下すためには、この古く本能的な思考様式を理解し、状況に合わせて微調整して使うことが求められます。

本稿では、意思決定にバイアスをもたらす可能性のある心理的プロセスを解明し、より効果的な意思決定を実現するための戦略を探ります

意思決定バイアスの根本原因

意思決定を理想から遠ざける主な要因は、認知能力の限界と認知の特性の二つです。以下で、これらの要因をさらに掘り下げて説明します。

原因❶-a:認知能力の限界:選択的注意

たとえば騒がしい場所であっても、自分の名前だけははっきりと聞き分けられたとか、新しいプロジェクトに取り組み始めた途端に、それまで気づきもしなかった情報が目に飛び込んでくるようになったことはありませんか?

こういった体験は、私たちの脳が限られた処理能力を補うために、注目している情報のみを無意識に選び取るという「選択的注意」の働きによるものです。日常生活では便利なこの働きも、重要な意思決定時には重要な情報の見落としを生み出す要因になります。

原因❶-b:認知能力の限界:確率的推論の弱さ

私たちは、確率やリスクの推論には弱い傾向にあります。特に稀にしか起きない出来事や複雑なシナリオの可能性を正確に把握することが苦手です。その結果、直近の出来事を過大に評価したり、長期的なリスクをしばしば見落とします。たとえば、一度のキャンペーン失敗を受けてマーケティング予算を削減したり、優良顧客の高齢化といった構造的問題を過小評価します。

原因❷-a:認知の特性:認知的不協和

米国の心理学者レオン・フェスティンガー博士によって1957年に提唱された認知的不協和は、信念と行動が矛盾する際に生じる不快感のことです。これを軽減するため、私たちは信念に反する情報を無視したり、信念自体を変更することがあります。

たとえば、環境保護を訴えている人がプラスチックの使用量を減らすのは、信念に合わせて行動を変える一例です。これとは逆に、ファストフードの有害性を認識しながらも頻繁に食べる人は、行動に合わせて信念を変えるかもしれません。

原因❷-b:認知の特性:認知バイアス

認知バイアスは、効率的だがしばしば非合理的な結論を導く心の働きです。確証バイアス(既存の信念を裏付ける情報を好む)、アンカリング・バイアス(初期情報に過度に依存すること)、利用可能性ヒューリスティック(容易に思い出せる記憶に基づく判断)などがこれに含まれます。

先に紹介した確率的推論の弱さは、リーセンシー・バイアス(直近の出来事に重きを置いて考える傾向)によっても説明できます。このように、認知バイアスは私たちの思考を理想的な思考から遠ざけるように作用します。

意思決定バイアスを克服するための戦略

より良い意思決定を下すには、認知の限界と特性を理解し、これらに対して意識的に対処する必要があります。以下にその効果的な戦略を紹介します。

戦略❶:批判的思考力の強化

批判的思考力とは、情報を客観的かつ合理的に分析し、問題を解決しようとする思考力です。この力に長けた分析者は、自らの信念に反する情報を探求し確証バイアスを克服しようとするとか、多様な情報源からデータを収集し選択的注意を避けるといった行動を意図的に行います。

Tips:批判的思考力向上のための指針☑️ 情報の精査:提供された情報の妥当性や信頼性を評価を習慣化する。
☑️ 論理的推理:論理的に推論できるよう、論理的誤謬に注意を払う。
☑️ 構造的な仮説検証:広く仮説を立て検証することを構造的に実施する。
☑️ 単純化の罠への抵抗:問題に対し極端な立場を取らず、複雑な立場を堅持する。
☑️ 批判的質問:自分の思考のブラインドスポット(暗黙の前提)に注意を傾ける。
☑️ 自己反省:認知バイアスの影響を受けるものとして、思考を振り返る。

戦略❷:統計的思考の導入とその重要性

確率的推論の弱さは、多くの人に共通した課題です。偶然の出来事の確率を過小評価したり、将来の見通しに自信過剰になるのは誰にでもあることです。統計学やデータサイエンスの知識は、これらの確率的推論の弱点を補うことに役立ちます。

批判的思考と統計的思考の実践例として、リチャード・リーヴス氏の男女の教育格差に関する以下の提言を紹介します。伝統的なジェンダーギャップ議論に新しい視点を提供し、データに基づいた客観的分析に支えられています。

ブルッキングス研究所上級研究員で「Of Boys and Men」の著者であるリチャード・リーヴス氏は「男子の教育問題」に関する提言の中で、男子は女子に比べ衝動を制御する力の発達が約1年遅れており、その結果、学業成績や大学進学率で不利な立場に置かれている状況を回避すべという提言を行なっています。

伝統的なジェンダーギャップの議論は、しばしば女性の不利益に焦点を当てますが、リーヴス氏の提言は男女格差に関する新しい視点を提供し、客観的分析に支えられています。これは、批判的思考力と統計的思考を融合させた素晴らしい提言例だと言えます。

戦略❸:ランガー流マインドフルネスの実践

ハーバード大学のエレン・ランガー教授の提唱するランガー流マインドフルネスは、既存の状況や問題に対し新鮮な目でアプローチすることを重視します。これにより、固定観念に縛られず創造的かつ柔軟な思考が期待できます。

POINT:ランガー流マインドフルネスの重視ポイント☑️ 新しい視点と解釈力:既存の状況を新しい視点で解釈し、自動的な反応から脱却する。
☑️ 変化への注意力:状況変化に注目し、その変化への適応に柔軟である。
☑️ 複眼による探求:物事を単一の角度からでなく複数の観点から見ようとする。
☑️ プロセス志向:プロセスや体験に価値を見出し、その過程での発見に重点を置く。
☑️ 開放性と自己変容:新しい情報にオープンな姿勢を保ち、自分の変化を否定しない。

米国フェアフィールド大学のフィリップ・メイミン博士の2021年の研究では、マインドフルネススコアを高めると、認知バイアスの影響が低下することが示されました。ランガー流マインドフルネスの実践は、瞑想や特別な訓練を必要とせず、日常生活で試すことができます。たとえば自分の部屋の変化を探すといった簡単なタスクによって、マインドフルネス状態へと誘導できます。

結論

本稿では、意思決定バイアスの原因として、選択的注意、確率的推論の弱さ、認知的不協和、認知バイアスなどの要素を取り上げ、これら克服には、批判的思考力の強化、統計的思考の導入、マインドフルネスの実践が鍵となることを紹介しました。

批判的思考は、情報の精査や論理的推理を通じて意思決定の質を高めます。統計的思考は、確率やリスク評価における一般的な誤解を解消し、より現実に即した判断を可能にし、マインドフルネスは、新鮮な視点と柔軟な思考を促し認知バイアスを軽減してくれます。

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