今回は組織の適応課題的観点から表題について記したいと思います。Heyの統合データ基盤に関する記事を読んだことが本稿のきっかけです(私の一方的な感想ですが)。さて皆さん、この種の取り組みを粛々と進められる企業とそうでない企業、この差は何だと思いますか?

私が真っ先に感じたことは従来のやり方 vs. 新しいやり方であるとか、データ活用推進部門 vs. データユーザー部門といった対立的構造についてでした。もちろん表立って対立している訳ではないんです。対立的構造が投資対効果などの合理風な議論という皮を被って表出していることが多く、まずはそれが厄介だなと思ったのです。

企業活動なのだからリターン効率を議論するのは当然だろうという声が聞こえてきそうです。しかし、果たしてそうでしょうか。データ活用が不可欠なら効率が悪くても一歩ずつ進めるしかありません。もっと良い方法があるかもしれないとか、絶対に失敗しない方法で進めたいといったゼロリスクの尾ひれが付いてその一歩が進まない。むしろ進めたくないために合理性という絶対正義が利用されている。そんな姿です。また真に必要な合理的議論と分けるために一旦表現として合理風議論としました。

逆にデータ活用の進む企業はどうでしょうか。おそらく協調的目的で統合データ基盤の構成図もデータカタログも全てが作られいるように思うのです。社内にどのようなデータが存在しているかがユーザー部門の全メンバーに開示されていれば、データを活かすアイディアの立案自体がユーザー部門のイニシアティブとなり、そこでの困りごとの解決を支援するプロフェッショナル部門としてデータ活用促進部門は引き立ててもらえます。特定課題を解く社内専門業者から、広く問題解決の助言を与えるパートナー関係の始まりです。まずはこの構図の違いが大きいかなと思いました。絵にすると以下のような感じです(上が駄目で下が良いという単純なものではなく上だけでなく下の関係も大事ということです)。

情報の価値について少し考えたいと思います。例えば統合データ基盤構成に関する情報。単なる構成図ですが協調的組織であればユーザー部門の人材育成計画に関する重要な情報源として扱ってもらえるはずです。例えばメンバーがSQLやAPIを通しシステマティックにデータを収集、加工、分析できれば日々のレポーティング業務の生産性が上がり付加価値の部分、つまり数値の解釈に多くの時間を費やすことができるようになります。この種の基盤構成が社内開示されるということはその理想像を皆が見ているということです。データはデータ活用促進部門のものではなく会社の資産ですから全部門マネージャーが所属メンバーの育成計画にテクニカルな側面も含めてコミットするのが時代の要請でしょうから、この構成図を読めない、技術選択ができないメンバーを支援するのも上長の務めとなり(部門の一部メンバーを戦略的に育成すれば良いでしょう)、そのアクションによって単なる情報がそれ以上の価値を持つのです。

一方でデータ活用促進部門のスタッフも単なる技術スタッフという立場を超えて社内営業マン兼マーケターでなければいけないとも思います。単にデータカタログを整備するとか、単にデータ基盤構成図を社内共有したでは物足りないのです。「データカタログの全社共有を通しユーザー部門がアイディアを創出できるようにしておきました。いくつかのアイディアは私たちが挙げておきましたから興味あればご覧いただき不明点あればお問い合わせ下さい」とか「データ基盤構成に準拠した社員のテクニカル教育のガイドラインを人事部と共同で作ったので各部門マネージャーはMBOに積極的に反映して下さい」くらいのメッセージまで仕込んで社内情報発信するくらいのバイタリティが欲しいという意味です。

最後にもう一度。データ基盤構成やデータカタログを整備し共有する。作業は全く同じです。リターンはどうでしょうか。組織によって波及効果ゼロから無限大まで広がりを感じませんか。この種の取り組みの投資対効果を決める初期の決定要因は組織のデータ観であって合理風議論ではないと思うのです。最近の私のお気に入りのメッセージを最後に紹介し本稿を終えたいと思います。Public Health Surveillanceに注目せざる得ない今だからこそ平時には感じなかったであろうものを感じませんか?この信念の上での合理的議論は厳しく活発に行われるべきだと思っています。

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