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(最終更新日:2019年11月12日)

はじめに

今回はデータサイエンスと意思決定科学の交差する領域について書きたいと思います。まず「意思決定のためのデータサイエンス」という用語の定義を行います。次に意思決定バイアスについて紹介し、この罠に嵌るのは意思決定サイドだけではなく、データサイエンティストも無縁ではないことを指摘します。最後に意思決定バイアスの軽減のためには、意思決定のプロセス化とチェックリストが有用であることを指摘します。

前提

意思決定のためのデータサイエンス

本記事では「データサイエンス」は「非実験データの観察から、データに隠れた法則を抽出し、法則の背景に隠れた原理を見出す、一連の統計的分析的プロセス」と定義します。

データを非実験データに限定した理由は実験データも含めてしてしまうと、これはもう「科学的アプローチ」と区別が付かないと考えたためです。小さいなことのようですが、ビッグデータブーム、データサイエンスブームを経ても尚、実験データと非実験データ(観察データ)の区別があまり認知されていないことを鑑み、このように定義としました。

次に「意思決定のためのデータサイエンス」は「意思決定者の情報要求に基づき収集されたデータとその観察から、データに隠れた法則と、法則の背景に隠れた原理を見出し、情報要求への回答と意思決定者への提言をまとめる一連の統計的分析的プロセス」と定義します。

データサイエンスの定義に比べ意思決定のためのデータサイエンスはよりユーザー志向である点を強調し両者を区別しました。このユーザー志向性が後ほど指摘する罠の遠因となります。

さて本記事では、意思決定支援を専門とするデータサイエンティストが「意思決定のためのデータサイエンス 」の適用時に嵌る罠を紹介します。その切り口となるのが意思決定バイアスです。

意思決定バイアス

意思決定科学における関心事項に意思決定バイアスを明らかにすること、及びその軽減があります。例えば、有名なバイアスの一つに「確証バイアス(confirmation bais)」があります。これは自分の立場を支持する情報ばかりを集めてしまう(支持しない情報は無視してしまう)というバイアスです。意思決定を支えるデータサイエンティストはこのようなバイアスを排した分析をするよう教育を受けることが珍しくありませんが(例えば、CIAで開発された競合仮説分析のような手法を学びます)、意思決定サイド(例えば、あなたの上司や上司の上司など)はそれと比べ教育を受ける機会は少ないのではないでしょうか。

他に有名なバイアスに「アンカリング(anchoring)」の罠があります。これは最初に得た情報にその後の判断が影響を受けるというものです。一般的な事例はさておき、私が仕込んだアンカーが何かお気付きでしょうか。それは私が前の段落の最後の部分で述べた意見(推定)の部分です。以下のように書きました。

意思決定を支えるデータサイエンティストは、このようなバイアスを排した分析をするよう教育を受けることが珍しくありませんが(例えば、CIAで開発された競合仮説分析のような手法を学びます)、意思決定サイド(例えば、あなたの上司や上司の上司など)はそれと比べ教育を受ける機会は少ないのではないでしょうか。

私は推定的な文末表現にし意見を述べました。このような情報を敢えて読ませた後に以下のような質問をすれば、おそらくQ1の数値が高くなるというのがアンカリングの罠です。

  • Q1:データサイエンティストでバイアス軽減訓練を受けた者の割合は何%か?
  • Q2:マネージャーでバイアス軽減訓練を受けた者の割合は何%か?

同じ引用部に埋め込んだ他のバイアスの罠はお気付きでしょうか。それは「権威に訴える論証(apeal to authority)」です。競合仮説分析はCIAで開発されたのは事実ですが、CIAという響きを利用しているということです。同時にこれは「proof by example(例示による論証)」でもあります。競合仮説分析を知っているという一つの例示で、データサイエンティストはバイアス軽減訓練を受けているのだろうという過度な一般化をするよう仕掛けています。

最後の罠が「利用可能性ヒューリスティック」です。おそらくあなたのすぐ近くにデータサイエンティストがいる確率よりも、上司が近くにいる確率の方が圧倒的に高いですよね。そして上司がバイアスの話をいちいち業務中にする可能性は極めて低そうです。つまり、あなたが日頃よく接する(記憶上利用しやすい)上司を持ち出すことで、バイアスなんて興味もないし重要視もしていないだろうという思考を引き出そうとしました。

ここまで話すと意思決定バイアスやあらゆる説得の技法が悪のようにも見えてきますが、もちろんそのような事はありません。私たち人間の脳が必要だから身につけた能力なのでこれら自体が悪いのではありません。ただ注意して使わないといくらでも誘導され得るということです。

データサイエンティストも罠の中

ここでは意思決定支援サイドであるデータサイエンティストが陥る罠について具体的に見ていきます。今回注目するバイアスは「サンクコスト」の罠です。

例えば、あたなが経営企画に所属するデータサイエンティストだとします。あなたが同僚と一緒に練り上げ役員に提言した施策の中間評価を求められたとします。あなたは当初計画した効果測定ロジックを貫けるでしょうか。もし効果が予想よりも低かったらロジックを調整してしないでしょうか。これがサンクコストの罠のデータサイエンティスト版です。以下の引用も紹介しておきます。

筆者の一人は、米国の大手銀行が外国の企業に随分と間違った投資をした後で、立ち直るのに一役買ったことがある。それでわかったことだが、問題となるローンを始めた担当者に限って、その問題のローンを抱えた客の口座を引き継いだ担当者より、追加支援のための貸し増しを行いたがる。

意思決定の教科書(13ページ、ダイヤモンド社、2019年)

解決策のヒントを得るため以下を紹介します。これは『意思決定の行動経済学』(ダニエル・カーネマン、ダン・ロバロ、オリバー・シボニー, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2011年11月号)からのものです。ダニエル・カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞した研究者です。

バイアスの存在を知るだけでは、克服は難しい。バイアスがあるという事実を受け入れたとしても、自分のバイアスを取り除くことはできない。しかし、個人から集団、意思決定者から意思決定プロセス、ビジネスリーダーから組織へと視点を転じれば、希望はある。

意思決定の教科書(37ページ、ダイヤモンド社、2019年)

バイアスは個人の(脳に)起因しますが、問題を個人レベルで解決するのではなく集団レベルで解決しようと示唆しています。そしてそのアプローチが意思決定のプロセス化なのです。データサイエンス部門の場合、具体的には、以下のような意思決定支援のプロセスを規定することが考えられます。

  • 施策立案に関与したデータサイエンティストXに施策評価は行わせない。
  • Xは施策評価のロジックの策定までを行う。
  • ロジック承認はXよりもシニアクラスなZに予め行わせる。
  • 施策評価はXとは別のデータサイエンティストYに担当させる。
  • Yがロジック修正を行う場合、承認者Zの再承認を取らせる。
  • ZはYよりもシニアクラスとする。

一つ付け加えるとすれば、ランダム化対照実験、A/Bテスト、反事実予測に基づく効果測定が可能なケースにおいては、上記のような手続きは不要ということです。なぜなら、科学的効果測定によって「サンクコスト」の罠の入り込む余地が無いためです。科学的効果測定が困難な場合(実務上可能なロジックで効果を測定する場合)には、上記運用の適用を検討しましょう。

意思決定者も罠の中

先に引用したローン担当者の場合においても、結果的には以下のような解決が図れたことが記されています。これも解決の特徴は、①本人のバイアスの軽減で解決を試みないということと、②会社の方針として組織的にプロセスを宣言していることの2点です。

その銀行は、もしローンに何か問題が起こったら、即刻、別の担当者にその口座を委任し直すという会社としての方針を打ち出し、その問題を最終的には解決した。こうすることで、新しい担当者は更に資金を提供するメリットがあるかどうか、先入観に囚われずに検討することができたのである。

意思決定の教科書(14ページ、ダイヤモンド社、2019年)

アイディアの創出のためのプロセス化

ここまでデータサイエンティストも嵌る罠として効果測定時のサンクコストの罠を紹介しました。そして意思決定サイドも同様であることを記しました。しかしいずれも施策立後の評価プロセスを対象としたものでした。

それでは施策立案の段階ではどのようなプロセス化が有用でしょうか。基本的な考え方は先に示した通りです。アイディアを出す方は自分達だけではバイアスは克服できない為、2チーム制で進めるです。

具体的な進め方は意思決定の教科書の122ページに紹介されている図表「議論の構築」を抜粋し以下に紹介します。元ペーパーは『プロセス重視の意思決定マネジメント』(デイビット A.カービン, マイケル A.ロベルト, DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー, 2002年1月号)です。

議論対比型 御意見番型
チームを2つの小グループへ分ける

同左

小グループAが提案書を作成し、その中に提案内容、主な前提事項、および重要な裏付けとなるデータを含める。 同左
小グループAは、書面および口頭にて、小グループBに対し提案内容を伝える。 同左
小グループBは代替案を生み出す。 小グループBは、これらの前提事項および提案内容について、詳細にわたり批判する。その結果を書面および口頭にて伝える。小グループAはこのフィードバックに従って、提案書を修正する。
両方の小グループで、上記の提案内容について話し合い、共通の前提事項に基づいて合意点を探す。 これら小グループは、前提事項で合意できるまで、上記サイクル(修正、批判、修正)を繰り返す。
これらの前提事項に基づいて、両グループは様々な選択肢について議論を重ね、提案内容に合意点を見出すように努める。 これら小グループは合同で提案内容をまとめる。

 

バイアスの軽減=意思決定のプロセス化=(議論構築段階+施策評価段階)のプロセス化、という視点からの解説は以上です。

チェックリストの活用

最後に、意思決定のプロセス化の中にチェックリストを活用することが有用であることを簡単に紹介します。先に紹介のダニエル・カーネマン等の『意思決定の行動経済学』では以下12個の質問が紹介されています。概要のみ掲載しますので詳しくは参照元をご確認ください。

  1. 利己的バイアスのチェック
  2. 感情ヒューリスティックのチェック
  3. グループシンクのチェック
  4. 顕著性バイアスのチェック
  5. 確証バイアスのチェック
  6. 利用可能性バイアスのチェック
  7. アンカリング・バイアスのチェック
  8. ハロー効果のチェック
  9. サンクコストの錯誤、授かり効果のチェック
  10. 過信、計画錯誤、楽観的バイアス、ライバル軽視のチェック
  11. 最悪の事態に備えているかどうかのチェック
  12. 損失回避のチェック

以下、こちらも先に紹介した『プロセス重視の意思決定マネジメント』から、意思決定の結果を予測する際のチェックリストを紹介します。これもチェック項目として使えると思います。詳細は参照元でご確認ください。

  1. 代替案が豊富に検討されたか?(Yes/No)
  2. 前提事項が検証されたか?
  3. 基準の定義が確立しているか?
  4. 反対意見が出され、議論がそれに続いたか?
  5. 公正さが認知されているか?

まとめ

まずは、日々のオペレーショナルな意思決定の効果測定からプロセス化を進め、影響の大きい重要な意思決定に向けた施策立案など(AI活用投資テーマの策定など)でプロセス化を進めることを推奨します。

  • 施策立案に関与した者の効果測定は歪められる懸念がある。
  • その為、施策立案に関与していない者による効果測定プロセスが望ましい。
  • 測定手法がランダム化対照実験、A/Bテスト、反事実予測ベースであれば上記の限りでない。
  • 施策立案段階においてもチームを2つに分け提案を作らせることが望ましい。
  • その際、議論対比型や御意見番型といったプロセスが参考になる。
  • バイアスの軽減は個人ではなく組織的な意思決定のプロセス化で対処すべきである。
  • プロセスの要所にチェックリストを活用できないか検討する。

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